臨済宗妙心寺派 大楊山 長慶寺

今川家菩堤寺 大楊山 長慶寺

長慶寺だより

2月に入りました。1月は、新年を迎えての行事などがあり、あっという間に過ぎてしまいました。

長慶寺の裏山は竹林になっていて、そろそろ筍が顔を出しているかと思い山に行ってきました。山に行ってきたと言っても、

すぐそこです。筍を探して竹林を歩いたところ、落ち葉や地面を掘った後があちらこちらに線状に続き、所々に筍の皮が無残に捨ててありました。

 

猪の仕業です。地面から10㎝ほど下にある筍を鼻で嗅ぎ分けて掘り出すのですから、猪にかなうわけもありません。今年も猪との競争です。

結局、一本も見つけることはできずに筍掘りは諦めて山から帰ってきました。

 

『今月の掲示板』

2月3日は節分です。「鬼は外、福は内」や「福は内、鬼も内」など掛け声をしながら豆をまきます。「え、鬼も内なの?」と思いますが、私が修行で入ったお寺で行った節分行事のこと、

私たちが「福は内、鬼は外」と掛け声をしながら豆をまくと、先輩の僧が私たちに向かって「今、外に行った鬼は寒がって震えていないか。」と問うてきました。

私は、ポカンとしながら「何のことやら?」。先輩の僧が「ここは寺だぞ、鬼がいたら何が悪い事かを鬼に説いて、鬼を福にしてあげなきゃだめだろ。」「豆をまく時は福は内、鬼も内だ。」と私たちに教えてくれました。

寺に入って初めて節分を行った私は「鬼も内」と言いながら、何となくぎこちなく豆をまいた事を思い出します。

 

私たちは、私の都合でいろいろな物に価値を付けます。その結果、心に障りが生じ、私の都合で付けた価値が迷いや不安となって、心の妨げになっています。

心に障りがなければ、心は迷いや、苦悩などの思いに縛られることはありません。

仏教は、私の心の迷いや、苦悩は、私の都合で判断している価値によって生じていることに気づかせ、仏の教えによって、世の中があるがままに見ることができるようになることを目指しています。

また、自分だけではなく、他の人をも目覚めさせていくことが大きな願いです。

 

「鬼は外」ではなく「鬼も内」と声をかけて、すべての人が鬼から福に目覚めるように勤めたいものです。まずは、自分の心の中の鬼から始めましょう。